
この絵は、「下着姿」だと非難されて撤去された別の肖像画の代わりに、大急ぎで描き直された1枚です。撤去された絵で王妃が着ていたのは輸入綿のドレスでしたが、この絵ではリヨンの絹織り業者を支える絹のドレスに変えられています。ポーズは変えられていません。
見どころ
手にしたバラ
王妃はバラを愛し、ヴェルサイユ宮殿の村里でみずから栽培していました。花を手にする姿は、単なる装飾ではなく彼女自身の好みを表しています。
絹を選んだドレス
大きな縞模様のリボンをあしらった青灰色の絹のドレスは、低迷していたリヨンの絹織物業を支える意図で選ばれました。撤去された前作とは対照的な選択です。
髪粉で銀色になった髪
金髪だった王妃の髪は、小麦粉や米粉でできた髪粉のため銀色に描かれています。頭には彼女が好んだダチョウの羽根飾りが見えます。
サロンから撤去された前作
ヴィジェ=ルブランは1783年5月、王立絵画彫刻アカデミーへの入会を認められました。同年のサロン・ド・パリのため、マリー・アントワネットの肖像画を仕上げますが、王妃がシュミーズのように見える薄手のドレスを着た姿は、来場者から「下着姿」だとみなされて非難を浴びます。ドレスが輸入した綿でできていたことも、低迷していた絹産業を軽視するものとして批判されました。結局、その絵はサロンから取り外されています。
絹を選んだ理由
撤去を受け、ヴィジェ=ルブランはサロンの会期が終わる前に急いで新たな肖像画を描きました。それが本作です。ポーズは変えず、王妃には真珠を着けさせ、リヨンの絹織り業者を支える意図をこめて絹のドレスを選びました。背景の樹木の描き方には、画家がルーヴル宮殿で繰り返し模写していたヴァン・ダイクの肖像画の影響が見られます。
5点の別ヴァージョン
最初のシュミーズ姿の肖像は失われたと見られていますが、ヴィジェ=ルブランはその後、衣装に変化をつけた5点の別ヴァージョンを制作しました。帽子をかぶった姿やモスリンのドレス姿など、いずれも王妃の印象を調整する試みだったと考えられます。
よくある疑問
- 『バラを持つマリー・アントワネット』はどこにある?
-
ヴェルサイユ宮殿のコレクションに含まれています。
- 撤去された前作の絵はどうなった?
-
サロンから撤去された後、行方がわからなくなり失われたとされています。ヴィジェ=ルブランはのちに衣装を変えた5点の別ヴァージョンを制作しました。
- なぜ最初の絵は批判された?
-
王妃がシュミーズのような薄手のドレスを着た姿が「下着姿」と受け取られ、さらにそのドレスがフランスの絹産業ではなく輸入綿で作られていたことも非難の的になりました。
- 『マリー・アントワネットとその子供たち』とはどう違う?
-
この絵は1783年、サロンでの騒動を受けて数日で描き直された単身の肖像です。『マリー・アントワネットとその子供たち』は1787年、首飾り事件後の評判回復のために国王が依頼した家族肖像で、王妃を母として描いています。
基本データ
- 作者
- エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランÉlisabeth Louise Vigée Le Brun
- 制作年
- 1783年
- 種別
- 絵画
- 技法・素材
- 油彩、カンヴァス
- 寸法
- 113 × 87 cm
- 所蔵
- ヴェルサイユ宮殿(ヴェルサイユ)
- 展示室
- 近代
エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランのほかの作品
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル