
もともとは四季すべてを描いた4幅の連作だったと考えられていますが、現存するのは秋と冬の2幅だけです。48歳で明に渡った雪舟が、各地を旅しながら培った観察眼から生まれました。中心を貫くぎざぎざの縦線を、美術史家はセザンヌのキュビスムに似ていると評したこともあります。
見どころ
崖を割る一本の線
画面中央を貫くぎざぎざの縦線は、崖の岩肌の質感と奥行きを表現しています。「レンズの絞りのような」画面構成と評され、フランスの画家セザンヌのキュビスムとの類似を指摘する声もあります。
崖を登る旅人
遠景の建物に向かって、ひとり山道を登る旅人が小さく描かれています。白は雪、灰色は肌理や影、解けかけた雪だまりを表しており、白黒の明暗だけで冬の広がりを描き出しています。
降りしきる雪の気配
背景はぼかして描かれ、降りしきる雪の気配を表現しています。枯れた木々が冬らしさを添え、秋景の広々とした空とは対照的な、閉じた構図になっています。
明への旅がもたらしたもの
雪舟は1468年、48歳のときに、当時の風景画の手法を学ぶため明に渡りました。最初は周文や如拙のもとで学んでいましたが、北京や寧波など幅広い地域を旅した経験が、のちに『秋冬山水図』を描く際の土台になったとされています。禅僧として旅の最中に自然を観察し考察したことが、季節の雰囲気を的確にとらえた風景画につながりました。東京国立博物館には、雪舟の初期作とみられる四幅の『四季山水図』も伝わっており、本作ももとは同じような四季山水図であったと考えられています。
秋景と冬景、それぞれの風景
秋景は、紙の上側に向かって流れる川と遠景の高い建物、対岸で語らう二人の高士を描き、上には広々とした空が広がります。梅の木のようなモチーフが描かれていることから、春の景色ではないかという指摘もあります。冬景は対照的に、崖と旅人を中心にした閉じた構図で、白黒の濃淡だけで冬らしい広がりを表現しています。
曼殊院からの移管と国宝指定
本作はもともと、京都市左京区にある天台宗の寺院・曼殊院に伝わっていました。1936年に東京国立博物館へ移管され、1939年には日独防共協定に関連する文化事業として、ベルリン美術館で開催された日本古美術展にも出品されています。1953年に国宝に指定され、1976年には台紙や箱を新しくする補修が行われました。
よくある疑問
- 『秋冬山水図』はどこにある?
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東京国立博物館が所蔵し、上野の本館で常設展示に含まれるほか、雪舟展などで巡回展示されることもあります。1953年に国宝に指定されました。
- 誰が描いた?
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室町時代の禅僧で画家の雪舟が描いたとされています。1468年、48歳で明に渡り、北京や寧波など各地を旅した経験が、後の制作に生かされたと考えられています。南宋の画家夏珪の様式を参考にしています。
- なぜ2幅しか残っていない?
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もともとは四季すべてを描いた4幅の連作だったと考えられていますが、現存するのは秋景・冬景の2幅だけです。春景・夏景がいつ、どのように失われたのかはわかっていません。
- 制作年はいつ?
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はっきりとはわかっていません。落款のある雪舟67歳の作品『山水長巻』(1486年)より若い作品とする説が長く通説でしたが、『山水長巻』と同じ頃、あるいはそれ以降の制作とする見方を示す研究も出てきています。
基本データ
雪舟のほかの作品
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル