アメリカン・ゴシック

グラント・ウッド《アメリカン・ゴシック》1930年
アメリカン・ゴシックAmerican Gothic
1930年
油彩
シカゴ美術館
何がすごいのか

笑わない2人は夫婦に見えますが、実は父親と娘です。娘役にはウッドの妹を、農夫役にはウッド家の掛かりつけ歯科医を起用しました。地元アイオワ州の住民はこの絵に反発しましたが、ウッドはアイオワへの感謝を描いたのだと反論しています。

見どころ

親子として描かれた2人

しばしば夫婦と間違われますが、ウッド自身は2人を父と娘として描いたと手紙に書き残しています。娘のモデルは妹のナン・ウッド・グラハム、農夫のモデルはウッド家の歯科医バイロン・マッキービィでした。

反復する垂直の線

農夫が手にする三叉のピッチフォークの意匠は、オーバーオールの縫い目や、面長な農夫の輪郭にも繰り返し現れています。ゴシック様式の家の垂直線を強調する構成です。

ゴシック様式の窓

背景の家は、アイオワ州エルドンにある「ディブル邸」で、現在は「アメリカン・ゴシック・ハウス」と呼ばれています。カーペンター・ゴシック様式の窓が、この絵の題名の由来になりました。

妹と歯科医がモデルになった絵

1930年8月、アイオワ州エルドンをドライブしていたウッドは、カーペンター・ゴシック様式の小さな白い家「ディブル邸」に目を留めました。所有者の了承を得て前庭から板紙に油彩でスケッチを描き、シーダーラピッズのアトリエに戻ってから、この家に住んでいそうな人物として農夫と娘を描き加えました。娘には妹のナン・ウッド・グラハムを起用し、母の古いドレスから外したリックラックを縁に付けたエプロンを着せています。農夫には家族の歯科医バイロン・マッキービィを起用し、オーバーオールにジャケットを羽織らせ、右手にピッチフォークを持たせました。

反発と再解釈

この作品はシカゴ美術館の展覧会に出品され、ある審査員は「コミカルなバレンタイン」と酷評しましたが、後援者の働きかけで銅メダルと賞金300ドルが授与され、そのまま美術館の所蔵品になりました。発表直後は各地の新聞で紹介されましたが、地元シーダーラピッズの新聞で紹介されると、住民から反発が起こりました。ウッドはこれを風刺ではなくアイオワ州への感謝だと説明しています。その後、世界恐慌が深刻化すると、この絵は開拓者精神を描いたものとして肯定的に受け止められるようになりました。

大衆文化のパロディ

世界恐慌時代、写真家ゴードン・パークスは星条旗の前で箒を持つ掃除婦を撮影し、この絵をパロディ化しました。これが最初のパロディ化とされ、その後もミュージカルや映画、テレビ番組で繰り返しパロディの題材になっています。2017年には英国ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツが発表した「最もパロディ化された芸術作品10選」にも選ばれました。

よくある疑問

『アメリカン・ゴシック』はどこにある?

シカゴ美術館の所蔵です。展覧会出品時に美術館の後援者が購入を働きかけ、そのまま同館のコレクションになりました。

モデルは誰?

娘のモデルはウッドの妹ナン・ウッド・グラハム、農夫のモデルはウッド家の歯科医バイロン・マッキービィです。ウッドは実際にこの家に住んでいた人を描いたわけではなく、想像でこの2人を配役しました。

2人は夫婦?それとも親子?

親子です。しばしば夫婦と誤解されますが、ウッドは1941年の手紙で「彼と一緒にいるすました女性は、成長した彼の娘です」と説明しています。

なぜ地元で議論になった?

地元紙『ガゼット』に掲載されると、住民から「やつれて険しい清教徒的な人物として描かれた」という反発が起こりました。ウッドはアイオワ州を風刺したのではなく、感謝の気持ちを描いたのだと反論しています。

基本データ

作者
グラント・ウッドGrant Wood
制作年
1930年
種別
絵画
技法・素材
油彩
様式
リージョナリズム
所蔵
シカゴ美術館

出典・画像について

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