カナの婚礼

パオロ・ヴェロネーゼ《カナの婚礼》1562〜1563年
カナの婚礼The Wedding at Cana
1562〜1563年
油彩、カンヴァス、6.77 × 9.94 m
ルーヴル美術館(パリ)

この作品のデータ

作者パオロ・ヴェロネーゼ
制作年1562〜1563年
時代ルネサンス同じ時代の作品 58点
様式ヴェネツィア派同じ様式の作品 4点
種別絵画
技法・素材油彩、カンヴァス
所蔵ルーヴル美術館パリ同じ所蔵の作品 26点
有名度★★★名画クイズで出題(全作品の解放)
何がすごいのか

ルーヴル美術館で最大の絵画(6.77×9.94m)で、イエスが水をぶどう酒に変えた婚礼の宴をヴェロネーゼが描きました。1797年にナポレオン軍が略奪した際、持ち運ぶためにキャンバスを水平に切って絨毯のように丸めて運び去りました。イタリア政府の返還要求に対し、フランス政府は「大きすぎて運べない」と回答しています。

見どころ

水がめとぶどう酒

画面右下では、裸足の召使いが水で満たされていた石の水がめを持ち上げ、給仕に新しい赤ワインを注いでいます。契約書にはラピスラズリ由来のウルトラマリンを使うことが指定され、随所に深い青が使われています。

花婿に運ばれる杯

画面左下では、緑の服を着た家令が黒人の召使いの少年を見張りながら、新しいワインの杯を花婿へ運ばせています。傍らでは矮人が緑のオウムを手に、家令の指示を待っています。

奥に追いやられた主役

画面の下半分には130人もの人物が描き込まれていますが、聖母マリアとイエス、12人の使徒は音楽家たちの背後の奥まった席に座っています。花婿花嫁はテーブルの端に追いやられ、聖なる来客と人間の主客の立場が入れ替えられています。

水をぶどう酒に変えた最初の奇跡

描かれているのは、『ヨハネによる福音書』2章1〜11節の場面です。ガリラヤのカナで開かれた婚礼の宴でぶどう酒が足りなくなり、母マリアがイエスにそのことを告げます。イエスは召使いに、ユダヤ人の清めに使う6つの石の水がめを水で満たすよう命じました。運ばれた水を口にした宴の世話役は、花婿に「誰でも初めに良いぶどう酒を出すものなのに、あなたは良いぶどう酒を今まで取っておかれました」と語ります。福音書はこれをイエスが行った最初のしるしと記しています。

同じように修道院の食堂を飾った宗教画に、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があります。

修道院との細かな契約

1562年6月6日、ベネディクト会はヴェロネーゼに、建築家アンドレーア・パッラーディオが設計した修道院の新しい食堂の壁画を依頼しました。契約書には324ドゥカートの報酬に加え、ワインの樽の提供や食堂での食事の保証まで盛り込まれていました。人物の数を欠けることなく描き切ることと、最上級の顔料を使うことも条件でした。

ヴェロネーゼは弟ベネデット・カリアリの助けを借り、1563年9月に完成させました。11月のマドンナ・デッラ・サルーテ祭に間に合わせての納品でした。

略奪と230年の来歴

絵は235年間、修道院の食堂を飾り続けました。転機は1797年、フランス革命軍のイタリア侵攻です。兵士たちは戦利品として絵を持ち去り、パリへの輸送のためキャンバスを切って丸め、現地で縫い合わせ直しました。1798年にルーヴル美術館へ収められています。

ナポレオン戦争後、略奪美術品の返還交渉が各地で行われましたが、ルーヴルの学芸員は本作が壊れやすく運べないという主張を通し、返還リストから除外させました。代わりにシャルル・ルブランの作品がヴェネツィアへ送られています。普仏戦争では箱に詰められてブルターニュへ、第二次世界大戦ではナチスの略奪を避けるためフランス南部へと、丸められて避難を繰り返しました。

修復をめぐる論争

1989年、ルーヴル美術館は本格的な修復に着手しました。画面左下の家令の衣の色が、後世に塗られた紅い栗色から本来の緑色へと戻されたことは、芸術家たちの団体による強い批判を招きました。修復から3年後の1992年には、雨漏りと展示作業中の落下という2つの事故で絵に穴や裂け目ができています。幸い、損傷は建築部分や背景に留まり、人物の顔には及びませんでした。

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よくある疑問

『カナの婚礼』はどこにある?

パリのルーヴル美術館に所蔵されています。もともとはヴェネツィアのサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂の食堂のために描かれましたが、1797年にナポレオン軍に略奪されて以来ルーヴルにあります。イタリア政府が返還を求めたこともありますが、フランス政府は受け入れていません。

なぜこんなに大きい?

食堂の壁一面を飾る記念碑的な絵として発注されたためです。修道士たちとの契約で寸法や色使いまで細かく規定されていました。絵の下端は食堂の床から2.5メートルの高さにあり、見上げる構図で描かれています。

絵の中に画家自身が描かれている?

伝承によると、ヴィオラ・ダ・ブラッチョを演奏する白いチュニックの音楽家がヴェロネーゼ本人とされています。周りの演奏者にはティントレット、ヤコポ・バッサーノ、ティツィアーノといった同時代のヴェネツィア派の画家たちも描き込まれているといわれています。

『カナの婚礼』は何の場面を描いている?

『ヨハネによる福音書』2章1〜11節の、ガリラヤのカナで開かれた婚礼の場面です。宴の途中でぶどう酒が足りなくなり、イエスが6つの石の水がめの水をぶどう酒に変えました。福音書がイエスの最初のしるしと記す出来事です。

『カナの婚宴』と呼ばれることもある?

はい。原題はイタリア語で『Nozze di Cana』、英語では『The Wedding Feast at Cana』と呼ばれ、日本語では『カナの婚礼』のほかに『カナの婚宴』という表記も使われます。

宴会には誰が描かれている?

聖母マリアやイエス、使徒たちのほかに、フランス王フランソワ1世やイングランド女王メアリー1世、オスマン帝国のスレイマン1世など、時代の異なる歴史上の人物が同じ宴に集められています。詩人ピエトロ・アレティーノなど同時代の文化人の姿もあります。

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出典・画像について

画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル

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