源氏物語絵巻

作者不詳(伝 藤原隆能)《源氏物語絵巻》平安時代末期(1119〜1150年頃)
源氏物語絵巻Genji Monogatari Emaki
平安時代末期(1119〜1150年頃)
紙本著色、絵巻
徳川美術館(名古屋)・五島美術館(東京)
何がすごいのか

長らく『隆能源氏』と呼ばれてきましたが、藤原隆能が描いたという確証は一切ありません。この呼び名が広まったのは明治時代以降のことです。全54帖の物語を描いたと考えられる絵巻のうち、現存するのはごく一部のみです。

見どころ

屋根のない室内(吹抜屋台)

屋根や天井を省き、上からのぞきこむように室内を描く『吹抜屋台』という技法が使われています。寝殿造の建物の中の様子を、視点を遮るものなく見せる工夫です。

線と点だけの顔(引目鉤鼻)

登場人物の顔は、目を一本の線、鼻を「く」の字で表す『引目鉤鼻』という様式で描かれています。表情を細かく描き分けるのではなく、型に沿って人物を表す手法です。

斜めに配された長押と几帳

長押(なげし)や几帳(きちょう)を画面の左右に斜めに配置する構図が多用されています。寝殿造の建物の奥行きと空間性を、限られた画面の中に表現する技法です。

隆能源氏という呼び名の謎

『隆能源氏』という呼び名は、江戸時代の鑑定家・住吉広行が『倭錦』の中で言い始めたものとされています。この呼び方が広まったのは明治時代以後のことで、それ以前から定着していた名称ではありません。

あらゆる技法を尽くした料紙

背景には、茶色のつけ染めや紫・丁字などでの隈ぼかし、胡粉や雲母、金銀の切箔、砂子、野毛、葦手をまじえた描き文様など、あらゆる技法が使われています。これらによって遠山や水辺の景、霞や団雲などが表現されています。

額装から巻物へ

もとは巻物だった本絵巻は、1932年(昭和7年)、保存上の配慮から詞書と絵が切り離され、額装に改められました。徳川本は2018年(平成30年)、台紙の反りや紙の亀裂といった保存上の理由から、再び巻子本に表装し直されています。2015年には、修理の過程で徳川本の3面から構図の異なる下絵が見つかったことも発表されました。

よくある疑問

『源氏物語絵巻』はどこで見られる?

現存する部分は、名古屋市の徳川美術館と東京・世田谷区の五島美術館に分かれて所蔵されており、いずれも国宝に指定されています。

誰が描いた?

作者はわかっていません。絵師を藤原隆能と伝えることから『隆能源氏』と呼ばれてきましたが、隆能の活動時期と本絵巻の制作推定時期は合わず、同時代の史料にも彼の関与を示す記録はありません。

どのくらい残っている?

本来は源氏物語の全54帖を絵画化した、10巻程度の絵巻だったと推定されています。現存するのは徳川美術館の絵15面・詞28面、五島美術館の絵4面・詞9面と、東京国立博物館などにある断簡のみです。

『源氏物語絵巻』という名前の絵巻は他にもある?

数多くあります。狩野尚信、久隅守景、狩野栄川によるものなどが知られていますが、現存する中では徳川・五島本が最も古く、著名です。単に『源氏物語絵巻』と呼ぶ場合、通常はこの徳川・五島本を指します。

基本データ

制作年
平安時代末期(1119〜1150年頃)
種別
絵巻
技法・素材
紙本著色、絵巻
所蔵
徳川美術館(名古屋)・五島美術館(東京)

出典・画像について

画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!