
長らく『隆能源氏』と呼ばれてきましたが、藤原隆能が描いたという確証は一切ありません。この呼び名が広まったのは明治時代以降のことです。全54帖の物語を描いたと考えられる絵巻のうち、現存するのはごく一部のみです。
見どころ
屋根のない室内(吹抜屋台)
屋根や天井を省き、上からのぞきこむように室内を描く『吹抜屋台』という技法が使われています。寝殿造の建物の中の様子を、視点を遮るものなく見せる工夫です。
線と点だけの顔(引目鉤鼻)
登場人物の顔は、目を一本の線、鼻を「く」の字で表す『引目鉤鼻』という様式で描かれています。表情を細かく描き分けるのではなく、型に沿って人物を表す手法です。
斜めに配された長押と几帳
長押(なげし)や几帳(きちょう)を画面の左右に斜めに配置する構図が多用されています。寝殿造の建物の奥行きと空間性を、限られた画面の中に表現する技法です。
隆能源氏という呼び名の謎
『隆能源氏』という呼び名は、江戸時代の鑑定家・住吉広行が『倭錦』の中で言い始めたものとされています。この呼び方が広まったのは明治時代以後のことで、それ以前から定着していた名称ではありません。
あらゆる技法を尽くした料紙
背景には、茶色のつけ染めや紫・丁字などでの隈ぼかし、胡粉や雲母、金銀の切箔、砂子、野毛、葦手をまじえた描き文様など、あらゆる技法が使われています。これらによって遠山や水辺の景、霞や団雲などが表現されています。
額装から巻物へ
もとは巻物だった本絵巻は、1932年(昭和7年)、保存上の配慮から詞書と絵が切り離され、額装に改められました。徳川本は2018年(平成30年)、台紙の反りや紙の亀裂といった保存上の理由から、再び巻子本に表装し直されています。2015年には、修理の過程で徳川本の3面から構図の異なる下絵が見つかったことも発表されました。
よくある疑問
- 『源氏物語絵巻』はどこで見られる?
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現存する部分は、名古屋市の徳川美術館と東京・世田谷区の五島美術館に分かれて所蔵されており、いずれも国宝に指定されています。
- 誰が描いた?
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作者はわかっていません。絵師を藤原隆能と伝えることから『隆能源氏』と呼ばれてきましたが、隆能の活動時期と本絵巻の制作推定時期は合わず、同時代の史料にも彼の関与を示す記録はありません。
- どのくらい残っている?
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本来は源氏物語の全54帖を絵画化した、10巻程度の絵巻だったと推定されています。現存するのは徳川美術館の絵15面・詞28面、五島美術館の絵4面・詞9面と、東京国立博物館などにある断簡のみです。
- 『源氏物語絵巻』という名前の絵巻は他にもある?
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数多くあります。狩野尚信、久隅守景、狩野栄川によるものなどが知られていますが、現存する中では徳川・五島本が最も古く、著名です。単に『源氏物語絵巻』と呼ぶ場合、通常はこの徳川・五島本を指します。
基本データ
- 制作年
- 平安時代末期(1119〜1150年頃)
- 種別
- 絵巻
- 技法・素材
- 紙本著色、絵巻
- 所蔵
- 徳川美術館(名古屋)・五島美術館(東京)
- 展示室
- 日本・近世まで
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル