
この作品のデータ
| 作者 | 尾形光琳 | 同じ作家の作品 2点 |
|---|---|---|
| 制作年 | 18世紀(江戸時代) | |
| 時代 | 日本・近世まで | 同じ時代の作品 42点 |
| 様式 | 琳派 | 同じ様式の作品 4点 |
| 種別 | 絵画 | |
| 技法・素材 | 紙本金地著色、二曲一双屏風 | |
| 所蔵 | MOA美術館熱海 | |
| 有名度 | ★★★名画クイズの無料の54点に収録 | |
| 展覧会 | リニューアル10周年記念名品展 国宝「紅白梅図屏風」MOA美術館(静岡県)2027年1月9日(土)〜2月24日(水) | これから |
国宝『燕子花図』と並ぶ、光琳最晩年の代表作とされる屏風です。中央の川は銀地に金泥を重ねたうえで硫黄を使いわざと黒く変色させたもので、白く見える梅は実は褪色しており、本来は桃色だったと考えられています。背景の金地が金箔か絵の具かをめぐる議論は、今も続いています。
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見どころ
銀地を黒く変えた流水
中央の川は、銀地に金泥を塗った上から硫黄をまぶし、銀をわざと黒く変色させる技法で表現されています。背景の金地とは異なり、銀を主体とした技法です。
褪色した白梅
白梅として親しまれている花は、本来は桃色だったと考えられています。有機染料で描いたために褪色し、現在の白い色になったとされています。
金地か金泥か、続く論争
背景の金地について、2003〜2004年の調査では金箔ではなく金泥で描いた可能性が指摘されました。しかし2011年の再調査では金箔と結論づけられ、制作技法をめぐる議論は今も続いています。
光琳最晩年の到達点
紅白梅図は、彼が模索していた大胆な意匠の集大成とされ、装飾性を追求した琳派様式の到達点を示す作品と評されています。金地に対して川だけを銀地にし、紅梅と白梅を左右に配する構図は、当時としても際立った対照です。
本作はもともと津軽家の江戸藩邸に伝わっていました。1950年代に岡田茂吉が入手し、現在のMOA美術館に収蔵されるまでの経緯はあまり知られていません。
切手になった国宝
紅白梅図は1969年発行の特殊切手・国宝シリーズにおいて、15円切手のデザインに採用されました。2020年の切手趣味週間に発行された84円切手にも、同じくこの屏風が採用されています。
実物大で再現する試み
金地と流水の技法をめぐる研究成果を受け、画家で研究者の森山知己は紅白梅図屏風を実物大で再現する試みを行いました。流水部分に銀箔を貼り、動物膠を主成分とするドーサ液で防染の模様を描いたうえで、硫黄粉や希薄な硫黄溶液で銀を硫化させ、現存する黒変状態を人工的に再現しています。
この実験では、ドーサを施した部分は硫化を免れ、初期段階では群青色や玉虫色のような発色が見られることが確認されました。経年でドーサの効力が失われる「ドーサ抜け」によって、意図しない黒変が生じた可能性も検討されています。
よくある疑問
- 『紅白梅図』はどこで見られる?
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MOA美術館(熱海)の所蔵で、国宝に指定されています。2012年、東日本大震災の被災地支援のため、所蔵館から初めて館外に貸し出され、仙台市博物館で展示されました。
- 誰が描いた?
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尾形光琳です。津軽家の江戸藩邸に伝わっていたものを、1950年代に岡田茂吉が入手し、MOA美術館に収蔵されました。燕子花図と並ぶ光琳の代表作とされています。
- 背景の金色は金箔?それとも絵の具?
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議論が続いています。2003〜2004年の東京文化財研究所の調査では、金箔ではなく金泥(金粉を絵の具で溶いたもの)で描いた可能性が指摘されました。しかし2011年のMOA美術館らによる再調査では、金箔だったという結果が出ています。
- 中央の模様は何を表している?
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銀地に金泥を重ね、硫黄で黒く変色させた川の流水文様です。美術史家の小林太市郎は、この川を女体に、両側の梅の木を男性に見立てる解釈を示しています。
尾形光琳のほかの作品
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル
