
教科書でおなじみの、子供の喧嘩から放火犯が発覚する場面は、一つの絵の中に複数の瞬間を重ねて描く「異時同図法」で描かれています。作者は伝承では常磐光長ですが、実ははっきりしていません。若狭酒井家から出光美術館へ渡った1982年の譲渡額は、当時で30億円以上とされています。
見どころ
炎上する応天門
上巻冒頭は、放火された応天門を検非違使や群衆が見つめる場面から始まります。人物や炎の描写に優れ、大胆な画面構成が評価されています。
異時同図法の喧嘩の場面
中巻の子供の喧嘩の場面は、舎人の子と出納の子の喧嘩から、出納が乱入して子を蹴り、出納の妻が連れ帰るまでの一連の流れを、一つの画面の中に重ねて描いています。日本史の教科書でもよく取り上げられる場面です。
検非違使に捕らえられる伴大納言
下巻では、放火の罪が発覚した伴大納言を検非違使の一行が捕らえ、連行する場面が描かれます。悲しみに暮れる大納言家の人々の姿も描かれています。
酒井家から出光美術館へ
本作は一時期、出羽の大名・最上義光が所有したと伝わります。その後、武久昌勝が最上家から譲り受け、若狭酒井家に仕官した際に酒井家へ渡りました。ボストン美術館が所蔵する『吉備大臣入唐絵巻』とともに、酒井家に長く伝来しています。1982年、酒井家から出光美術館へ譲渡されました。譲渡額は当時で30億円以上とされ、この事実が明らかになったのは翌1983年のことです。
新たに見つかった模写
伴大納言絵巻の模写は5点ほど知られています。2010年、早稲田大学名誉教授の中野幸一が1980年代前半に購入していた模写の存在が明らかになりました。原本では剥落した部分が精細に復元されており、収められていた桐箱の記述から、幕末の画家冷泉為恭かその一門の手によるものとみられています。
よくある疑問
- 『伴大納言絵詞』はどこにある?
-
出光美術館が所蔵しています。もとは若狭酒井家に伝来した絵巻で、1982年に同館へ譲渡されました。
- 誰が描いた?
-
作者は常磐光長と伝えられていますが、確証はありません。後白河法皇が『年中行事絵巻』とあわせて描かせたと推定されていますが、制作年もはっきりしていません。
- 国宝に指定されている?
-
指定されています。『源氏物語絵巻』『信貴山縁起絵巻』『鳥獣人物戯画』とあわせて、日本の四大絵巻物と呼ばれています。
- 詞書はすべて残っている?
-
上巻の詞書は失われています。内容は『宇治拾遺物語』巻第十の「伴大納言、応天門を焼く事」で補うことができます。
基本データ
- 制作年
- 12世紀後半頃(制作年不詳)
- 種別
- 絵巻
- 技法・素材
- 紙本著色、絵巻
- 寸法
- 31.5 × 2629.9 cm
- 所蔵
- 出光美術館
- 展示室
- 日本・近世まで
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(Public domain)。元ファイル