
1922年、考古学者ハワード・カーターは、盗掘をほとんど受けず2000年以上も眠っていたツタンカーメン王の墓を発見しました。出土した副葬品は5000点を超え、その中でもこの黄金の仮面は大エジプト博物館の象徴とされています。発掘に関わった人々の相次ぐ死は、まことしやかに「ファラオの呪い」と語られました。
見どころ
黄金で覆われた顔
ファラオの証である縞模様の頭巾をかぶった姿で、顔全体が黄金で仕上げられています。この仮面は、ツタンカーメンの亡骸を包む棺の中に納められていました。
博物館いちの象徴
大エジプト博物館が所蔵するこの仮面は、同館を代表する展示品として広く知られています。出土した5000点を超える副葬品の中でも、もっとも有名な一点です。
呪いの噂を呼んだ発見
発掘に関わった人々の中には、発見からほどなく亡くなった者もいました。こうした出来事が重なり、ファラオの呪いといううわさがまことしやかに語られています。
12歳の少年が見つけた入口
1922年11月4日、発掘作業員をまとめる祖父に付き添っていた12歳のエジプト人少年フセイン・アブドルラスールが、水甕を載せたロバがつまずいた拍子に、地下墓地へ続く階段を見つけました。11月26日、ハワード・カーターはパトロンのカーナヴォン伯ジョージ・ハーバートとその家族、多くの人々の前で墓を開封しています。カーターは、蝋燭の明かりの中に浮かび上がる黄金の輝きに、しばらく声を失ったと書き残しています。
盗掘を逃れた理由
ツタンカーメンの墓が盗掘や整理をほとんど受けずに残った理由の一つは、王家の谷でラムセス6世の墓を建設する際の作業小屋が、偶然その真上に建てられていたことです。もう一つの理由は、ツタンカーメンの前の王たちが「異端」として歴史から名を消され、人々の記憶からも薄れていたことにあります。埋葬から数年のうちに2度の盗掘を受けた記録はあるものの、その都度封印され、被害は軽微だったとされています。
マスクとミイラのその後
墓の副葬品はすべてカイロ博物館に運ばれ、出土品の記録には10年を要しました。黄金の仮面は大エジプト博物館に収められています。一方、ツタンカーメンのミイラそのものは王家の谷の墓の中に安置されており、2005年の調査で保存状態の劣化がわかったのち、プレクシグラス製の展示ケースに移されています。
よくある疑問
- 『ツタンカーメンの黄金のマスク』はどこにある?
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大エジプト博物館が所蔵しています。1922年にハワード・カーターが発見した墓(王家の谷のKV62)から出土した副葬品の一つです。
- 誰が作った?
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作った職人の名前はわかっていません。古代エジプトの王の埋葬のために作られた工芸品で、絵画のような個人の署名は残されていません。
- なぜ有名になった?
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1922年、ハワード・カーターがほぼ無傷のままのツタンカーメン王の墓を発見したことがきっかけです。盗掘や墓の整理をほとんど受けずに残っていたため、5000点を超える副葬品とともに世界中の注目を集め、古代エジプトへの関心を再び高めました。
- 「ファラオの呪い」って本当?
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発掘に関わった数人の人物が発見後まもなく亡くなったことから、まことしやかにささやかれるようになったうわさです。科学的に実証されたものではなく、語り継がれてきた逸話として扱われています。
基本データ
- 制作年
- 紀元前14世紀(ツタンカーメン没後)
- 種別
- 工芸
- 技法・素材
- 黄金
- 所蔵
- 大エジプト博物館
- 展示室
- 古代・中世
出典・画像について
画像: Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0、撮影: en:User:MykReeve)。元ファイル